刀打《たちうち》に一方《ひとかた》ならず参つて居る自分は、太《いた》くそれを恐れて居るのであつた。友も稍《やゝ》酔つた様子で、漸《やうや》く戸外《おもて》の闇《くら》くなつて行くのを見送つて居たが、不意に、かう訊《たづ》ねられて、われに返つたといふ風で、
「本当に因つて了《しま》ふですア、夜も碌々《ろく/\》寝られないのですから」
「それで、一体、犯罪者が解らんのかね?」
「それア、もう彼奴《きやつ》と極《きま》つて、居るんだが……」
「何故《なぜ》、捕縛しないのだね?」
「それが田舎ですア‥…」と友は言葉を意味あり気に長く曳いて、「駐在所に巡査ア、一人来て居る事は居るんだすが、田舎の巡査なんていふ者は、暢気《のんき》な者だで、嫌疑《けんぎ》が懸つたばかりでは、捕縛する事ア出来ん。現行犯でなければ……とかう言つて済まして居りやすだア。一体、巡査先生の方がびく/\して居るんで御座《ごわ》すア、だもんだで、彼奴《きやつ》ア、好い気に為《な》つて、始めからでは、もう十五六軒もツン燃やしましたぜ」
「十五六軒!」
「この小さい村、皆な合せても百戸位しか無《ね》いこの小さい村に、十五六軒ですだで
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