くりなく簇々《むら/\》と自分の胸に思ひ出された。この平和な村に喞筒《ポンプ》! この美しい村に放火! 殊に何十年とそんな例《ためし》が無かつたといふこの村に! これは何か意味が無くてはならぬ。これは必ず不自然な事があつたに相違ないと自分は思つた。空想勝なる自分の胸は今しもこの山中にも猶絶えない人生の巴渦《うづまき》の烈しきを想像して転《うた》た一種の感に撲《うた》れたのであつた。
六
「放火《つけび》が流行《はや》るツて言ふが、一体|何《ど》うしたんです?」
かう言つて自分は友に訊《たづ》ねた。これは一時間程前、友はその喞筒《ポンプ》の稽古から帰つて来て、いろ/\昔の事や、よくこんな山中《やまんなか》に来て呉れたといふ事や、余り突然なので吃驚《びつくり》したといふ事や、六年ぶりの何や彼《か》やを殆《ほとん》ど語り尽した後で、自分の前には地酒の不味《まづい》のながら、二三本の徳利が既に全く倒されてあつて、名物の蕎麦《そば》が、椀に山盛に盛られてある。妻君は、田舎《ゐなか》流儀の馳走振に、日光塗の盆を控へて、隙《すき》が有つたなら、切込まうと立構へて居るので、既に数回の太
前へ
次へ
全103ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング