えといふので、若い者が午《ひる》から学校へ寄り集《あ》つて、喞筒の稽古を為《し》て居るんでごわす。……」と少時《しばし》途絶えて、「でも、……大方水は撒《ま》いたやうだで、もう直《ぢ》き帰つて来るでごわしやう」
と言つたが、更に気を更《か》へて、
「まア、御疲れだせうに、緩《ゆつ》くり横にでも成つて休まつしやれ。牟礼《むれ》には三里には遠いだすから」
と古い黒塗の枕を出して、そして挨拶して次の室《ま》へ下つた。
見ると、中々好い眺望《てうばう》である。地位が高いので、村の全景がすつかり手に取るやうに見えて、尾谷川の閃々《きら/\》と夕日にかゞやく激湍《げきたん》や、三ツ峯の牛の臥《ね》たやうに低く長く連《つらな》つて居る翠微《すゐび》や、猶《なほ》少し遠く上州境の山が深紫の色になつて連《つらな》り亘《わた》つて居る有様や、ことに、高社山《かうしやざん》の卓《すぐ》れた姿が、此処から見ると、一層|魁偉《くわいゐ》の趣《おもむき》を呈して居るので、その雲煙の変化が少なからず、自分の心を動かしたのであつた。あゝこの平和な村! あゝこの美しい自然! と思ふとすると、今言つた妻君の言葉がゆ
前へ
次へ
全103ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング