それとなく言ふと、
「いゝえ、静かどころでは、……此頃は、はア、えらく物騒で……」
「何うしてゞす」
 と自分は怪んで尋ねた。
「此頃は、はア、えらく火事があるんで、夜もゆつくり寝ては居られないで、はア」
「何うしてゞす?」
「何うしてといふ訳《わけ》も無《ね》えだすが……」
 と躊躇《ためら》ふのを、
「放火《つけび》なのですか」
「はア」
「誰か悪い者でもあるんですか」
「はア、悪い者があつて、どうも困り切りますだア」
 暫時《しばらく》沈黙《だんまり》。
「はア」と自分は緩《ぬる》い茶を一杯|啜《すゝ》つてから、「それでですナア、今|喞筒《ポンプ》を稽古して居るのは?」
「貴郎《あんた》さアも見て御座らしやつたゞか、火事が、はア、毎晩のやうにあつて、物騒で、仕方が無《ね》えものだで、村で、割前で金のう集めて、漸《やうや》く東京から昨日喞筒が出来て来ただア」
「東京から喞筒?」
「はア、昨日出来て来たばかしで……村にやもう何十年と火事なんぞは無いだで、喞筒なんぞは有りませんだつたが、今度は、はア仕方が無《ね》えのでごわす。そして、今夜にも火事が打始《ぶつぱじま》らねえ者でも無《ね》
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