様を奥に通して、行輔が帰つて来る迄《まで》、緩《ゆつく》り御休ませ申して置け」
 自分に向つては、
「それぢや、先生様失礼しやす!」
 自分の挨拶をも聞かず、
「一所に歩《あゆ》べ……おい、作公、何を愚図/\してやがるんだ?」
 と怒鳴りながら走つて行つた。
 同時に自分は奥の一室へと案内される。奥の一室――成程此処は少しは整頓して居る。床の間には何《ど》んな素人《しろうと》が見ても贋《にせ》と解り切つた文晁《ぶんてう》の山水《さんすゐ》が懸《かゝ》つて居て、長押《なげし》には孰《いづ》れ飯山あたりの零落《おちぶれ》士族から買つたと思はれる槍が二本、さも不遇を嘆じたやうに黒く燻《くすぶ》つて懸つて居る。けれど都とは違つて、造作は確乎《しつかり》として居るし、天井は高く造られてあるから風の流通もおのづから好く、只《たゞ》、馬小屋の蝿さへ此処まで押寄せて来なければ、中々居心の好い静かな室《へや》であるのだが……
 やがて妻君は茶器を運んで来たが、おづ/\と自分の前に坐つて、そして古くなつた九谷焼の急須《きふす》から、三十目くらゐの茶を汲んで出した。
「田舎は静かで好いですナア」
 と自分は
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