この平和な村の人々に持余されて、菰《こも》に包んで千曲川に投込まれようとまで相談された人かと思ふと、自分は悠遠《いうゑん》なる人生の不可思議を胸に覚えずには居られぬので。
此時、奴僕《どぼく》らしい三十前後の顔の汚い男が駆けて遣つて来て、
「大旦那さア、がいに暑いんで、馬が疲れて、寝そべつて、起きねえが、はア何《ど》う為《す》べい」
と叫んだ。
「また寝そべつたか、困るだなア、汝《われ》、余り劇《ひど》く虐使《こきつか》ふでねえか」
「虐使ふどころか、此間《こねえだ》も寝反《ねそべ》つただから、四俵つけるところを三俵にして来ただアが」
「何処《どけ》へ寝反つてるだ」
「孫右衛門どんの垣《かきね》の処の阪で、寝反つたまゝ何うしても起きねえだ。己《おら》あ何うかして起すべい思つて、孫右衛門さん許《とこ》へ頼みに行つただが、少《ちひせ》い娘《あま》つ子《こ》ばかりで、何うする事も為得《しえ》ねえだ」
「仕方の無《ね》え奴等だ」
と罵倒《ばたう》したが、傍《そば》に立つて居る子息《むすこ》の妻に向つて、
「ぢや御客様にはえらい失礼だが、私《わし》あ馬を起しに行つて来るだあから、お前は御客
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