音して烈しく余流が迸出《へいしゆつ》して居る。で、一同はやつとの思ひで、其目的の学校の屋根に涼しい一雨を降らせたが、ふと其群の一人――古い手拭を被《かぶ》つて縞《しま》の単衣《ひとへ》を裾短かに端折つた――が何か用が出来たと見えて、急いで自分の方へ下りて来た……と……思ふと、二人は顔を見合せた。
「おや、君ぢや無いか」
と自分は言つた。
「やア富山……さん!」
と根本行輔は驚いて叫んだ。
丸きり六年|逢《あ》はぬのだが、その風貌《ふうばう》といひ、その態度といひ、更に昔に変らぬので、これを見ても、山中の平和が、直ぐ自分の脳に浮んだ。
渠《かれ》は限りなき喜悦《よろこび》の色を其穏かな顔に呈して、頻りに自分の顔を見て居たが、不図《ふと》傍《かたはら》に立つて居る其家の家童《かどう》らしい十四五の少年を呼び近づけて、それに、この御客様を丁寧に家に案内せよといふ事を命じ、さて自分に向つては、
「失礼だすが、村の若い者でこんな事を遣り懸けて居ますだで……一足先に家に行つて休んで居て下され。もうすぐ済むだで、跡から直きに参じますだに」
自分は小童に導かれて、其儘《そのまゝ》根本行輔の家
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