自然の美を占める事が出来る身となつたではないか。この静かな村には世に疲れた自分をやさしく慰めて呉れる友二人まであるではないか。
 顧ると、夕日は既に低くなつて、後の山の影は速くその鎮守の森に及んで居る。壁はいよ/\深碧《ふかみどり》の色を加へて、野中の大杉の影はくつきりと線を引いたやうに、その午後の晴やかな空に聳《そび》えて居る。山県の家は何でもその大杉の陰と聞いて居たので、自分は眼を放つてじつと其方《そなた》を打見やつた。
 静かな村!

     五

 と思つた途端、ふと自分の眼に入つたものがある。大杉の陰に簇々《むら/\》と十軒ばかりの人家が黒く連《つらな》つて居て、その向ふの一段高い処に小学校らしい大きな建物があるが、その広場とも覚しきあたりから、二道の白い水が、碧《みどり》なる大空に向つて、丁度大きな噴水器を仕掛たごとく、盛《さかん》に真直に迸出《へいしゆつ》して居る。
 そしてその末が美しく夕日の光にかゞやき渡つて見える。
「あれは何だね」
 折から子供を背負つた十歳《とを》ばかりの洟垂《はなたら》しの頑童《わんぱく》が傍《そば》に来たので、怪んで自分は尋ねた。
「あれア
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