の重り合つた山の根を根気よく曲り曲つて流れて居るが、或ところには風情ある柴の組橋《くみはし》、或るところには竜《たつ》の住みさうな深い青淵《あをふち》、或は激湍《げきたん》沫《あわ》を吹いて盛夏|猶《なほ》寒しといふ白玉《はくぎよく》の渓《たにがは》、或は白簾《はくれん》虹《にじ》を掛けて全山皆動くがごとき飛瀑《ひばく》の響、自分は幾度足を留めて、幾度激賞の声を挙げたか知れぬ。で、その曲り曲つた渓流に添つて、涼しい水の調《しらべ》に耳を洗ひながら、猶三十分程も進んで行くと、前面《むかふ》が思ひも懸《か》けず俄《には》かに開けて、小山の丘陵のごとく起伏して居る間に、黄稲《くわうたう》の実れる田、蕎麦の花の白き畑、欝蒼《こんもり》と茂れる鎮守の森、ところどころに碁石を並べたやうに、散在して居る茅茸《かやぶき》の人家。
手帳の画がすぐ思出された。
あゝこの静かな村! この村に向つて、自分の空想勝なる胸は何んなに烈しく波打つたであらうか。六年間、思ひに思つて、さて今のこの一瞥《いちべつ》。
殊に、自分は世の塵の深きに泥《まみ》れ、久しく自然の美しさに焦《こが》れた身、それが今思ふさまその
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