ぶれ》ねえで暮して御座るだ」
と言つたが、ふと思出した様に、
「塩山つていふ村は、昔からえらく変り者を出す所でナア、それが為めに身代《しんだい》を拵《こしら》へる者は無《ね》えではねいだが、困つた人間も随分出るだア」
「今でも困つた人間が居るかね」
中老漢《ちゆうおやぢ》は岩の上に卸した背負籠を担《にな》つて、其儘《そのまゝ》歩き出さうとして居たが、自分に尋ねられて、
「つい、今もそれで大騒ぎをして居るだア」
と言つた。
そして、その大騒の何を意味して居るかを語らずに、其儘急いで向ふへと下りて行つて了つた。自分は猶|少時《しばらく》其処に立つて、六年前の友が何んな生活を為《し》て居るであらうかといふ事、其妻は如何《いか》なる人で、其家は如何なる家で、その家庭は何んな具合であるかといふ事などを思ふと、種々《いろ/\》なる感想が自分の胸に潮《うしほ》のやうに集つて来て、其山中の村が何だか自分と深い宿縁を有《も》つて居るやうな気が為《し》て、何うも為《な》らぬ。
一時間後には、自分はもう其懐かしい村近く歩いて居た。成程山又山と友の言つたのも理《ことわり》と思はるゝばかりで、渓流はそ
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