それでは杉山は何うしてるね」
「えらく、貴郎ア、塩山の人の名前知つて御座らつしやるだア。貴郎ア、若い者等が東京に出た時懇意に為《な》すつて居た先生だかね……」
 言懸けてじろ/\と自分の顔を見て、
「……杉山の子息……あれア、今は徴集されて戦争《いくさ》(日清戦争)に行つてるだ。あの山師にや、村ではもう懲々《こり/″\》して居るだア。長野に興業館といふ東京の山師の出店《でだな》見ていなものを押立《おつた》てて、薬材《くすり》で染物のう御始《おつぱじ》めるつて言つて、何も知らねえ村の者を騙《だま》くらかして、何でもはア五六千円も集めただア。それを皆な妾《めかけ》を置いたり、芸妓《げいしや》を家に引摺込《ひきずりこ》んだり、遊廓に毎晩のやうに行つたり、二月ばかりの中に滅茶/\にして仕舞つたゞア。……恐ろしい虚言家《うそつき》でナ、私等も既《すんで》の事|欺騙《だまくら》かされる処でごわした」
「家は今何うしてるね」
「家でごすか、余程あれの為めに金のう打遣《ぶつつか》つたでがすが爺様《とつさま》まだ確乎《しつかり》して御座らつしやるし、廿年前までは村一番の大尽だつたで、まだえらく落魄《おち
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