て、其時分のことが簇々《むら/\》と思ひ出されるのが例《つね》だ。で、何《ど》うして自分が其学校に通ふ事に為《な》つたかと言ふと、夫《それ》は自分が陸軍志願であつたからで自分の兄は非常な不平家の処から、規則正しい学校などに入つて、二年も三年も懸《かゝ》つて修業するのなら誰にでも出来る、貴様は少くともそんな意気地の無い真似を為《し》てはならぬ。何でも早く勉強して、来年にも幼年学校に入るやうにしなければ、一体|男児《をとこ》の本分が立《たゝ》ぬではないか。と言つた風に油を懸《か》けられたので、それで当時規則正しい、陸軍志願の学生には唯一の良校と言はれた市谷の成城学校にも入らずに、態々《わざ/\》速成といふ名に惚《ほ》れて、そのつまらぬ学校の生徒と為《な》つたのであつた。今から思ふと、随分愚かな話ではあるが、自分はいくらか兄の東洋豪傑流の不平に感化されて居つたから、それを好い事と深く信じ、来年は必ず幼年学校に入らなければならぬと頻《しき》りに学問を励んで居た。
 忘れもせぬ、自分の其学校に行つて、頬に痣《あざ》のある数学の教師に代数の初歩を学び始めて、まだ幾日《いくか》も経《へ》ぬ頃に、新に
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