の渓流《けいりう》、それを渡り終つて、猶其前に聳えて居る小さい嶺《みね》を登つて行くと、段々|四面《あたり》の眺望《てうばう》がひろくなつて、今迄越えて来た山と山との間の路が地図でも見るやうに分明《はつきり》指点せらるゝと共に、この小嶺《せうれい》に塞《ふさ》がれて見得なかつた前面の風景も、俄《には》かにパノラマにでも向つたやうにはつと自分の眼前に広げられた。
上州境の連山が丁度《ちやうど》屏風《びやうぶ》を立廻したやうに一帯に連《つらな》り渡つて、それが藍《あゐ》でも無ければ紫でも無い一種の色に彩《いろど》られて、ふは/\とした羊の毛のやうな白い雲が其|絶巓《ぜつてん》からいくらも離れぬあたりに極めて美しく靡《なび》いて居る工合、何とも言ヘぬ。そして自分のすぐ前の山の、又その向ふの山を越えて、遙《はる》かに帯を曳《ひ》いたやうな銀《しろがね》の色のきらめき、あれは恐らく千曲《ちくま》の流れで、その又向ふに続々と黒い人家の見えるのは、大方中野の町であらう。と思つて、ふと少し右に眼を移すと、千曲川の沿岸とも覚しきあたりに、絶大なる奇山の姿!
何と言ふ山か知らん……と自分は少時《しばら
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