《とか》したやうな空に巍然《ぎぜん》として聳《そび》えて居て、小山を開墾した畑には蕎麦《そば》の花がもうそろ/\その白い美しい光景を呈し始めようとして居た。空気は此上も無く澄んで、四面の山の涼しい風が何処から吹いて来るとも無く、自分の汗になつた肌を折々襲つて行くその心地好さ! これは山でなければ得られぬ賜《たまもの》と、自分はそれを真袖《まそで》に受けて、思ふさま山の清い※[#「冫+影」、333−上−9]気《けいき》を吸つた。十年都会の塵にまみれて、些《いさゝか》の清い空気をだに得ることの出来なかつた自分は、長野の先の牟礼《むれ》の停車場で下りた時、その下を流るゝ鳥居川の清渓と四辺《あたり》を囲む青山の姿とに、既に一方《ひとかた》ならず心を奪はれて、世にもかゝる自然の風景もあることかと坐《そゞ》ろに心を動かしたのであるが、渓橋を渡り、山嶺《さんれい》をめぐり、進めば進むほど、行けば行くだけ、自然の大景は丁度《ちやうど》尽きざる絵巻物を広げるが如く、自分の眼前に現はれて来るので、自分は益々興を感じて、成程これでは友が誇つたのも無理ではないと心《しん》から思つた。
小山と小山との間に一道
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