やき》の眩々《てら/\》した長火鉢が据ゑられてあつて、鉄の五徳に南部の錆《さ》びた鉄瓶《てつびん》が二箇《ふたつ》懸《かゝ》つて、その後にしつかりした錠前《ぢやうまへ》の附いた総桐《そうぎり》の箪笥《たんす》がさも物々しく置かれてある。総じて室《へや》の一体の装飾《かざり》が、極《ご》く野暮な商人《あきうど》らしい好みで、その火鉢の前にはいつもでつぷりと肥つた、大きい頭の、痘痕面《あばたづら》の、大縞《おほしま》の褞袍《どてら》を着た五十ばかりの中老漢《ちゆうおやぢ》が趺坐《あぐら》をかいて坐つて居るので、それが又自分が訪《たづ》ねると、いつも笑ひながら丁寧に会釈《ゑしやく》を為《す》るのが常であつた。この主人公が即《すなは》ち二人の山の中から出身した昔の無頼漢《ぶらいかん》なるもので、二十年前には村の中にも其五尺の身を置く事が出来なかつたのであるが、人間の運といふものは解らぬ者で、二十九歳の時に夜逃を為《し》て、この東京に遣《や》つて来て、蕎麦屋の坦夫《かつぎ》、質屋の手伝、湯屋の三助とそれからそれへと辛抱して、今では兎《と》に角《かく》一軒の湯屋の主人と成り済《すま》して、財産の二
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