村落に向つて波打《なみうち》つゝあつたので……。猶《なほ》詳しく聞くと、その村には尾谷川《をたにがは》といふ清い渓流《けいりう》もあるといふ。その岸には水車が幾個となく懸つて居て、春は躑躅《つゝじ》、夏は卯《う》の花、秋は薄《すゝき》とその風情《ふぜい》に富んで居ることは画にも見ぬところである相《さう》な。又その村の山の畠には一面雪ならぬ蕎麦《そば》の花が咲き揃《そろ》つて、秋風のさびしく其上を吹き渡る具合など君でも行つたなら、何んなに立派な詩が出来るか知れぬとの事。あゝ本当にその仙境はどんな処であらうか。山と山とが重り合つて、其処に清い水が流れて、朴訥《ぼくとつ》な人間が鋤《すき》を荷《にな》つて夕日の影にてく/\と家路をさして帰つてゆく光景。それを想像すると、空想は空想に枝葉を添へて、何だか自分の眼の前には西洋の読本《リーダー》の中の仙女《フエリー》の故郷がちらついて何うも為《な》らぬ。
三
二人の寄寓して居る塩町の湯屋の二階、其処に間もなく自分は行くやうになつた、二階は十二畳敷|二間《ふたま》で、階段《はしご》を上つたところの一間の右の一隅《かたすみ》には、欅《け
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