け見える。
男はてくてくと歩いていく。
田畝を越すと、二間幅の石ころ道、柴垣《しばがき》、樫垣《かしがき》、要垣《かなめがき》、その絶え間絶え間にガラス障子、冠木門《かぶきもん》、ガス燈と順序よく並んでいて、庭の松に霜よけの繩《なわ》のまだ取られずについているのも見える。一、二丁行くと千駄谷通りで、毎朝、演習の兵隊が駆け足で通っていくのに邂逅《かいこう》する。西洋人の大きな洋館、新築の医者の構えの大きな門、駄菓子《だがし》を売る古い茅葺《かやぶき》の家、ここまで来ると、もう代々木の停留場の高い線路が見えて、新宿あたりで、ポーと電笛の鳴る音でも耳に入ると、男はその大きな体を先へのめらせて、見栄も何もかまわずに、一散に走るのが例だ。
今日もそこに来て耳を※[#「※」は「奇+攴」、第3水準1−85−9、117−8]《そばだ》てたが、電車の来たような気勢《けはい》もないので、同じ歩調ですたすたと歩いていったが、高い線路に突き当たって曲がる角で、ふと栗梅《くりうめ》の縮緬《ちりめん》の羽織をぞろりと着た恰好《かっこう》の好い庇髪《ひさしがみ》の女の後ろ姿を見た。鶯色《うぐいすいろ》のリボン
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