、笑っている。
 「そうですか」
 「あいかわらず、美しいねえ、どうしてああきれいに書けるだろう。実際、君を好男子と思うのは無理はないよ。なんとかいう記者は、君の大きな体格を見て、その予想外なのに驚いたというからね」
 「そうですかナ」
と、杉田はしかたなしに笑う。
 「少女万歳ですな!」
 と編集員の一人が相槌《あいづち》を打って冷やかした。
 杉田はむっとしたが、くだらん奴《やつ》を相手にしてもと思って、他方《わき》を向いてしまった。実に癪《しゃく》にさわる、三十七の己《おれ》を冷やかす気が知れぬと思った。
 薄暗い陰気な室はどう考えてみても侘しさに耐えかねて巻き煙草《たばこ》を吸うと、青い紫の煙がすうと長く靡《なび》く。見つめていると、代々木の娘、女学生、四谷の美しい姿などが、ごっちゃになって、縺《もつ》れ合って、それが一人の姿のように思われる。ばかばかしいと思わぬではないが、しかし愉快でないこともない様子だ。
 午後三時過ぎ、退出時刻が近くなると、家のことを思う。妻のことを思う。つまらんな、年を老《と》ってしまったとつくづく慨嘆する。若い青年時代をくだらなく過ごして、今になって
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