りならまだいいが、半ば覚めてまだ覚め切らない電車の美しい影が、その侘しい黄いろい塵埃の間におぼつかなく見えて、それがなんだかこう自分の唯一の楽しみを破壊してしまうように思われるので、いよいよつらい。
編集長がまた皮肉な男で、人を冷やかすことをなんとも思わぬ。骨折って美文でも書くと、杉田君、またおのろけが出ましたねと突っ込む。なんぞというと、少女を持ち出して笑われる。で、おりおりはむっとして、己《おれ》は子供じゃない、三十七だ、人をばかにするにも程《ほど》があると憤慨する。けれどそれはすぐ消えてしまうので、懲りることもなく、艶《つや》っぽい歌を詠《よ》み、新体詩を作る。
すなわちかれの快楽というのは電車の中の美しい姿と、美文新体詩を作ることで、社にいる間は、用事さえないと、原稿紙を延《の》べて、一生懸命に美しい文を書いている。少女に関する感想の多いのはむろんのことだ。
その日は校正が多いので、先生一人それに忙殺されたが、午後二時ころ、少し片づいたので一息|吐《つ》いていると、
「杉田君」
と編集長が呼んだ。
「え?」
とそっちを向くと、
「君の近作を読みましたよ」と言って
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