に面したガラス戸の前には、新刊の書籍の看板が五つ六つも並べられてあって、戸を開《あ》けて中に入ると、雑誌書籍のらちもなく取り散らされた室の帳場には社主のむずかしい顔が控えている。編集室《へんしゅうしつ》は奥の二階で、十畳の一室、西と南とが塞《ふさ》がっているので、陰気なことおびただしい。編集員の机が五脚ほど並べられてあるが、かれの机はその最も壁に近い暗いところで、雨の降る日などは、ランプがほしいくらいである。それに、電話がすぐそばにあるので、間断《ひっきり》なしに鳴ってくる電鈴が実に煩《うるさ》い。先生、お茶の水から外濠線《そとぼりせん》に乗り換えて錦町三丁目の角《かど》まで来ておりると、楽しかった空想はすっかり覚《さ》めてしまったような侘《わび》しい気がして、編集長とその陰気な机とがすぐ眼に浮かぶ。今日も一日苦しまなければならぬかナアと思う。生活というものはつらいものだとすぐあとを続ける。と、この世も何もないような厭な気になって、街道の塵埃《じんあい》が黄いろく眼の前に舞う。校正の穴埋めの厭なこと、雑誌の編集の無意味なることがありありと頭に浮かんでくる。ほとんど留め度がない。そればか
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