っているのが走馬燈のように早く行き過ぎる。けれどこの無言の自然よりも美しい少女の姿の方が好いので、男は前に相対した二人の娘の顔と姿とにほとんど魂を打ち込んでいた。けれど無言の自然を見るよりも活《い》きた人間を眺《なが》めるのは困難なもので、あまりしげしげ見て、悟られてはという気があるので、わきを見ているような顔をして、そして電光《いなずま》のように早く鋭くながし眼を遣《つか》う。誰だか言った、電車で女を見るのは正面ではあまりまばゆくっていけない、そうかと言って、あまり離れてもきわだって人に怪しまれる恐れがある、七分くらいに斜《はす》に対して座を占めるのが一番便利だと。男は少女にあくがれるのが病であるほどであるから、むろん、このくらいの秘訣《ひけつ》は人に教わるまでもなく、自然にその呼吸を自覚していて、いつでもその便利な機会を攫《つか》むことを過《あやま》らない。
年上の方の娘の眼の表情がいかにも美しい。星――天上の星もこれに比べたならその光を失うであろうと思われた。縮緬《ちりめん》のすらりとした膝《ひざ》のあたりから、華奢《きゃしゃ》な藤色の裾《すそ》、白足袋《しろたび》をつまだてた
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