三枚襲《さんまいがさね》の雪駄《せった》、ことに色の白い襟首《えりくび》から、あのむっちりと胸が高くなっているあたりが美しい乳房《ちぶさ》だと思うと、総身が掻《か》きむしられるような気がする。一人の肥《ふと》った方の娘は懐《ふところ》からノートブックを出して、しきりにそれを読み始めた。
すぐ千駄谷駅に来た。
かれの知りおる限りにおいては、ここから、少なくとも三人の少女が乗るのが例だ。けれど今日は、どうしたのか、時刻が後《おく》れたのか早いのか、見知っている三人の一人だも乗らぬ。その代わりに、それは不器量《ぶきりょう》な、二目とは見られぬような若い女が乗った。この男は若い女なら、たいていな醜い顔にも、眼が好いとか、鼻が好いとか、色が白いとか、襟首が美しいとか、膝の肥り具合が好いとか、何かしらの美を発見して、それを見て楽しむのであるが、今乗った女は、さがしても、発見されるような美は一か所も持っておらなかった。反歯《そっぱ》、ちぢれ毛、色黒、見ただけでも不愉快なのが、いきなりかれの隣に来て座を取った。
信濃町《しなのまち》の停留場は、割合に乗る少女の少ないところで、かつて一度すばらしく
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