こうを通って、新建ちのりっぱな邸宅の門をつらねている間を抜けて、牛の鳴き声の聞こえる牧場、樫《かし》の大樹に連なっている小径《こみち》――その向こうをだらだらと下った丘陵《おか》の蔭《かげ》の一軒家、毎朝かれはそこから出てくるので、丈《たけ》の低い要垣《かなめがき》を周囲に取りまわして、三間くらいと思われる家の構造《つくり》、床の低いのと屋根の低いのを見ても、貸家建ての粗雑《ぞんざい》な普請《ふしん》であることがわかる。小さな門を中に入らなくとも、路《みち》から庭や座敷がすっかり見えて、篠竹《しのだけ》の五、六本|生《は》えている下に、沈丁花《じんちょうげ》の小さいのが二、三株咲いているが、そのそばには鉢植《はちう》えの花ものが五つ六つだらしなく並べられてある。細君らしい二十五、六の女がかいがいしく襷掛《たすきが》けになって働いていると、四歳くらいの男の児《こ》と六歳くらいの女の児とが、座敷の次の間の縁側の日当たりの好いところに出て、しきりに何ごとをか言って遊んでいる。
 家の南側に、釣瓶《つるべ》を伏せた井戸があるが、十時ころになると、天気さえよければ、細君はそこに盥《たらい》を持ち
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