ただ?』
『もう、十日になるア。』
『いゝ仕事があるかな。』
『なんの。』
 若い嚊が火を燃したり何かする傍で、常は濡れた衣を乾かした。そして、途切れ途切れに、自分のやつて來たことを相手に話した。常は五六人の仲間と、木曾の山の中を通つて、針の木の方まで行つた。何うも旨いことがない。里に近いやうなところは、警察がやかましかつたり、木材がなかつたりして、仕事が出來ない。さうかと言つて、あまり山の中では、折角、好い木があつても、それを里へ持つて行くのに不便だ。仕方がないので、烟硝を買つて來て、穴蜂の巣を取つたり、川へ下りて、岩魚や鰍を取つたりしたが、何うも思はしくない。で、針の木で皆とわかれて、一人になつて里へ出た。或町では乞食をした。ある村では畠のものを盜んで一里も追ひかけられた。それからある處では石灰の取れる山に工夫になつて行つて、そこで一月ほど働いた。
『何うしてぼや[#「ぼや」に傍点]された?』
 かう訊かれても、常はぐづ/\してゐるので、
『あまつ子にかゝつたんべ?』
『…………。』
『あまつ子にかゝつちや、里ぢや、ぼや[#「ぼや」に傍点]されるア。』
『なアにな、俺もわりんさ。』
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