張バケツと鍋とを負うてゐた。テント代りにする桐油を上から着てゐるが、帽子がないので、頭髪はびつしより濡れて額にくつゝいてゐた。
 水の滿ちたバケツをかついで、常公と並んで歩きながら、
『何うしただえ?』
『えらい眼に逢つたぞな、里で、……まア、これでやつと安心した。』
『何かしたんべ?』
『うん……。』
 あとは言はずに、二人はテントの張つてある方へと來た。仕事をしてゐた平公は、話聲が聞えるので、不思議にして、手をとゞめて其方を見たが、嚊と一緒に桐油を着た男が歩いて來るので、其まゝ立上つて外へ出た。
『ヤア、常公か、めづらしいな。』
『今、其處で逢つたでな……俺ア、びつくりしたよ。』若い嚊は、かう言ひながらバケツをテントの入口に下した。
『何うした、常?』
『何うしたにも、何にも、えらい眼に逢つた。』
『矢張、此處等にゐたか?』
『里へ行つたでな。』
『さうか、里へ行つてたか。……まア入れヤ……』
 で、常公は負つて來た荷物を下して、そのまゝテントの中へ入つて行つた。
『寒かつたんべ。』
『寒いより何より、えらく降られてな。』かう言つたが、『おめいさ、此處にゐるとは知らなんだ……いつ來
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