れられたりして、二度も三度も此處に來て泊つた。ある夏の初めに來た時には、其處から草花の見事に咲いた高原を通つて、さゝらを持つて、大勢して里の方へ出て行つた。
 露の深い草の中を通つて、崖のやうになつた處を少し下りると、ちよろちよろと水の流れる音がして、下流の岩に碎けるのが白く見え出して來た。やがて川の岸に下り立つた若い嚊は、バケツを石と瀬の間に入れて、水の一杯になるのを待つた。
 一つを持上げて、又一つを入れた。
 ふとガサガサと草を分けて來るものの氣勢がして、山猪か、でなければ鹿か、熊はまだ出るわけはないと思つたが、そのまゝぢつと音のする方を見た。かの女は鋭利な鎌を腰にさしてゐた。
 突然草の中から人の姿が現はれた。
『オ。』
『これは――』
 顏見合せて二人は一緒に聲をあげた。やがて、『常やんぢやねえか。誰かと思つた。俺ア熊かと思つた。』
『ヤア、まんさんか。』
 かう言つて常と呼ばれた男は近寄つて來て、『好いところで逢つた。平さん、一緒かな。』
『ゐたつけ。』
『好い處で逢つた。……里で食つちやつてな。俺ア大急ぎで、遁げて來ただが、えらい眼に逢つた。』
『さうけえ。』
 常公は矢
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