常はかう言つて、『何うせ里にやゐられねえ。山へつツ走らうと思つてゐただでな。つい出來心でな。』
『工夫をしてたか?』
『いや、それからはいろんなことをしただ。工夫を一月して、それからまた乞食をして、町の中を荒して歩いて、四五日前に、この下の村さ來たゞ。里はもうよく/\厭だ。今日山へ來ようか明日山へ突走らうかと思つてゐたゞ。停車場があらアな。あそこから山へ出て來ると、畠にひとりあまつ子が出て働いてゐる。綺麗なあまつ子だ。ふと、ひよんな氣になつた。……おめいさ、それも無理はあんめい、女ツ子の肌なんて、今年は一度だツて出會さねえんだからな。』かう言ひかけて常は笑つた。
『で、かゝつたんか?』
『さうよ。旨くやつたんよ。ところがそれが知れてな。昨日、一日、あの雨の中を逐ひ廻されて、それからやつとの思ひで此方へと入つて來た。』
『おまはりも出て來たかや?』
『出て來たにも何にも……』
『それやいかんな。此處まで來やしねえか。』
『この雨だから、此處までは來めいがな。』
『なんともわかんねえぞよ。』
 平公はいくらか不安になつたといふ風で、『あまつ子にかゝるのはわりいぞよ。おめつちも、だから、もう
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