。』老婦は猶も泣いた。
それは三日目の午後五時すぎであつた。山はすつかり晴れて、後の山に白い雲が一片かゝつてゐるばかり、襞といふ襞、谷といふ谷はすべて一目に見渡された。ふと、ある男が叫び出した。
『來た! 來た!』
續いて三人も四人も叫んだ。『來た! 來た! 木曾の衆が來た!』
その叫聲はそれからそれへと瞬く間に傳はつて行つた。『來た! 來た!』總ての人達は唄か何ぞを唄ふやうにして、調子を取つて踊り上つた。
山の襞に添うた羊膓とした路、それを桐油を着た十五六人の同勢が並んで此方へ下りて來るのが夕日を帶びて明かに見えた。林にかくれ、岩角にあらはれ、再び隱れ再び現はれて、次第に此方へ此方へと近づいて下りて來た。山裾の林の葉は既に落ちて、熊笹の葉がガサガサと鳴つた。
若者を先に立てゝ、老人達は林の角まで迎へに行つた。
『お無事ぢやつたか?』
『お無事か?』
かういふ言葉は、頭領と頭領との間に取換された。
『いつ來さしやつた? もつと早く來べい思つたが、病人があつたでな。』
『さうか、道理で遲いと思つた。誰だ? 病人は?』
『國の野郎だ。』
『それはいかんぢやつたな。もう好いか。』
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