で、其處まで行つたならば、その人達はもう先に其處に行つてゐて此方の來るのを遲いと言つてゐるだらうと思つて來たのであつた。『何してゐるんだんべ。』かう誰も彼も言つた。
『まだ遲いでねえから、ゆつくら、此處等で遊んで行くが好い。此處まで來ればもう國に歸つたも同じだでな。』
『ほんにな。』
人達は遠い山の中にゐて、何遍この海の見える宿泊地を夢に見たか知れなかつた。南部に行つて一年歸つて來なかつた老婦は、息子のことを思ひ出したと見えて堪らないといふやうにして涙を流してゐた。
その宿泊地から山に入つて行かうとするところには、地藏尊が一つさびしさうにして立つてゐた。それはかれ等山に行くものの常に道路の平安を祈るところで、そこは大きい小さい石が常に澤山に供へられてあつた。老婦の息子も、矢張一昨年此處で石を供へて行つた。
『何うしてもあきらめられねえ。』
『さうだんべなあ。』平公の若い嚊はさも同情に堪へないやうにして言つた。
『俺ア、あの時、一緒に死んで了へば好かつた。』
『でもな、國へ行けば、娘衆もあるしな、親類もあんべいし……死んだものをいくら考へたッて仕方がねえだでな。』
『俺ア何うすべいな
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