『…………』
暫くしてから、『皆なにはぐれるとわるいで、もう行くべいや。』
『大丈夫だ。』
『でもな……』
『俺ア、路、知つてゐるだで、大丈夫だよ。あとから行くべい。』
『でも、さむしいや。』
『さむしいもんか、この俺がついてゐる。』
ぐいと抱き緊めるやうに男がすると、
『厭、厭……』
『いやなことがあるもんか。……昨夜だッて來たぢやねえか。』
『でも、厭……』
常公はそれにも拘らず、手籠にでもするやうにしつかり抱きついて、『な、來年はな、うんと稼ぐべいな。一緒に、會津から南部まで行くべい。そしてうんと金貯めて來べいな。可愛い奴ぢやな。』
『あほらしい。』
娘はにこりと笑つて見せた。
『行くべいよ、もう……』
『さア行くべ。』
で、二人は立上つた。見ると、一行は林をぬけて、山坂へかゝつたらしく、羊膓とした路を彼方此方とたどつて行くさまが手に取るやうに見えた。山が午後の晴れた空に鮮かに美しく聳えてゐた。
六
故郷近くなつても、一行は急ぐやうな樣子を見せなかつた。其處に一日、彼處に一日といふ風にして、テントを張つては、ゆつくりと泊つて行つた。
金を貯めて
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