に歸りていなんて……。イヤでも、この冬には歸るだア。そして今年こそ、好い婿どん、取つてやんべいな。せつせと稼げよな、好い兒ぢやで。』
『…………』
『もうぢきだアな。此處に十日ゐて、それから、あそこに三日、あそこに七日、そしてあの大きな山を越しさへすりや、國はもう見えるだで。』
 などと言つて老人は慰めた。
 山の氣象は日に/\寒くなりつゝあつた。落葉はガサ/\と風に吹かれて飛んだ。落葉松は黄葉して、霜を帶びた下草は皆枯れて見えた。奧山は、早くも、雪が白くかゝつた。
 ある日は凄じい凩が山をも撼かすばかりに吹いた。木の葉も皆散り/″\に、草は薙倒され、谷川の音は吠えるやうに聞えた。聳え立ち、重なり合つた山々には雲もかゝらず、黄色い冬近い日影が廣い高原を淋しく照らした。姉娘のあぐりは、ひとりさびしくこの吹きあるゝ凩の中を、祖父の造つた木地を負つて、里へ通ふ岨道を下りて行つた。

         五

 ある處からある處へと行く途中で、一行はまた向うの山脈の中から出て來た一群の人達と落ち合つた。群の頭領の老人は、此方の老人と路の角で立つて話した。
『ヤ、無事かや。』
『おぬしも無事かや。
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