流れ、山には美しい花が咲いた。生れたばかりの子供を負つて、やさしい力強い亭主と二人で、誰もゐない山の中を其處から此處へと放浪して歩く興味を娘達はをり/\頭に繰返した。
 老人のテントへは若い人達がよく遊びに出かけた。老人がせつせと木地をつくつてゐる傍で若い人達は娘と種々な話などをした。ある夜、姉が眼を覺してゐると、テントの外には、誰か人が來たやうな氣勢がした。ガサ/\と草をわける音がして、つゞいてある相圖の音がした。姉はじつとしてゐた。と、急に、妹の小菊は、そつと立つて、靜かにテントの外へと出て行くのが見えた。星が美しく空にかゞやいてゐた。
 あくる日、姉のあぐりは訊いた。
『昨夜何處へ行つたかや?』
 妹は吃驚したやうな顏の表情をしたが、『何故や?』
『だつて、行つたんべや?』
『何處へも行きやしねえ。俺ア。ちやんと、姉つ子の傍に寢てたがな。』
『さうかや。』
『何でそんなこと訊くだべや?』
『さうかや、それぢや、夢だつたかな。』かう言つて、姉は默つた。姉はその後は何も言はなかつた。
『おつさん。早う國へ歸りたいな。』かう言つて姉は涙を流した。
『この孫は、まア、何うしたんだんべ。國
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