たか、いくらさがしてもわかんねえだ。男でも拵らへて突走つたんだんべいがて言ふこんだ。』
『お女郎にでも賣られたんべ。』
『お女郎に、俺アもなるかや。綺麗だな、お女郎は──』妹を顧みて、『いゝ着物を着て、見ただけでも俺は吃驚したゞよ。金はくれるし、男は好き次第だつて言ふしな、山捗ぎなぞより何ぼ好いか?』
『ほんまにな。』
『雨にぬれなくつても好いし、働かなくつて好いしな。』
常公は言つた。『でもな、山を出ると、好いことはねえや。』
町へ出た娘達の話などを姉妹は胸に思ひ浮べずには居られなかつた。中には、一度出て行つた山に謝罪して再び戻つて來るものなどもあつた。町には好いこともあれば、怖ろしいことも澤山にあつた。昔、朋輩であつた娘の一人が其處から彼處へと賣られて、辛い/\世を送つてゐるのにひよつくりある處で出會つたことなどを娘達は思ひ起してゐた。『矢張り、山が好い。』姉も妹もこんなことを思ひながら歩いた。
雨に濡れたり坂路を歩いたりするのは辛いけれど、時にはまた樂しい面白いことも山にはあつた。蕨、山牛蒡、山獨活、春は一面に霞が棚引いて、鶯やカツコ鳥が好い聲をして啼いた。谷には綺麗な水が
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