の林の中に。』
『あれやさうかしら?』
若い平公の嚊は、かう言つて始めは本當にしなかつたが、漸くそれは同じ種族の群であるといふことがわかつた。で、此方からも行けば向うからも來た。その群は始め十五人で、一昨年、遠い會津の山奧から南部の方へと入つて行つたが、昨年はたうとう國に歸ることが出來ず、日光の奧で年を迎へて、それから、上州から信州の方へと段々出て來たといふことであつた。艱難も多かつたらしく、その中のある群とは、會津でわかれ、南部でわかれ、最後に上州でわかれた。『今年は何うしてもな、一度、國に歸るべい思つてな。』かうその老婦は話した。
老婦は一つの位牌を肌身離さずに持つてゐた。それは一昨年同じく國を出て、途中で死に別れた一人息子の位牌であつた。老婦は涙ながらにその話をした。『會津から南部に行く途中だつたけな。急に、病氣になつてな、吐くやら反すやら、里のお醫者にもかゝる間もなくて、つい、死んで行つて了つたがな。平生丈夫ぢやつたで、こんなことがあらうとは夢にも思はなかつたで、俺ア、一時氣拔けのやうになつて了つたゞ。それでも、皆なは氣の毒だと言うて、えらく力になつて呉れしやつた。』かう言
前へ
次へ
全38ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング