。車輛《くるま》が五台ほど続いているのを見た。
 突然肩を捉えるものがある。
 日本人だ、わが同胞だ、下士だ。
 「貴様はなんだ?」
 かれは苦しい身を起こした。
 「どうしてこの車に乗った?」
 理由を説明するのがつらかった。いや口をきくのも厭なのだ。
 「この車に乗っちゃいかん。そうでなくってさえ、荷が重すぎるんだ。お前は十八聯隊だナ。豊橋だナ」
 うなずいてみせる。
 「どうかしたのか」
 「病気で、昨日まで大石橋の病院にいたものですから」
 「病気がもう治《なお》ったのか」
 無意味にうなずいた。
 「病気でつらいだろうが、おりてくれ。急いで行かんけりゃならんのだから。遼陽《りょうよう》が始まったでナ」
 「遼陽!」
 この一語はかれの神経を十分に刺戟した。
 「もう始まったですか」
 「聞こえんかあの砲が……」
 さっきから、天末に一種のとどろきが始まったそうなとは思ったが、まだ遼陽ではないと思っていた。
 「鞍山站《あんざんたん》は落ちたですか」
 「一昨日《おととい》落ちた。敵は遼陽の手前で、一防禦《ひとふせぎ》やるらしい。今日の六時から始まったという噂《うわさ》だ!」

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