た。
 米の叺が山のように積んである。支那人の爺が振り向いた。丸顔の厭な顔だ。有無をいわせずその車に飛び乗った。そして叺と叺との間に身を横たえた。支那人はしかたがないというふうでウオーウオーと馬を進めた。ガタガタと車は行く。
 頭脳がぐらぐらして天地が廻転《かいてん》するようだ。胸が苦しい。頭が痛い。脚の腓《ふくらはぎ》のところが押しつけられるようで、不愉快で不愉快でしかたがない。ややともすると胸がむかつきそうになる。不安の念がすさまじい力で全身を襲った。と同時に、恐ろしい動揺がまた始まって、耳からも頭からも、種々の声が囁《ささや》いてくる。この前にもこうした不安はあったが、これほどではなかった。天にも地にも身の置きどころがないような気がする。
 野から村に入ったらしい。鬱蒼《こんもり》とした楊《やなぎ》の緑がかれの上に靡《なび》いた。楊樹《やなぎ》にさし入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。不恰好《ぶかっこう》な低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎていく。ふと気がつくと、車は止まっていた。かれは首を挙《あ》げてみた。
 楊樹の蔭《かげ》を成しているところだ
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