い脛《すね》もその半ばを没してしまうのだ。大石橋《だいせっきょう》の戦争の前の晩、暗い闇《やみ》の泥濘《でいねい》を三里もこねまわした。背の上から頭の髪まではねが上がった。あの時は砲車の援護が任務だった。砲車が泥濘の中に陥って少しも動かぬのを押して押して押し通した。第三|聯隊《れんたい》の砲車が先に出て陣地を占領してしまわなければ明日の戦いはできなかったのだ。そして終夜働いて、翌日はあの戦争。敵の砲弾、味方の砲弾がぐんぐんと厭な音を立てて頭の上を鳴って通った。九十度近い暑い日が脳天からじりじりと照りつけた。四時過ぎに、敵味方の歩兵はともに接近した。小銃の音が豆を煎《い》るように聞こえる。時々シュッシュッと耳のそばを掠《かす》めていく。列の中であっと言ったものがある。はッと思って見ると、血がだらだらと暑い夕日に彩《いろど》られて、その兵士はガックリ前に※[#「※」は「あしへん」に「倍」のつくり、第3水準1−92−37、144−18]《のめ》った。胸に弾丸があたったのだ。その兵士は善い男だった。快活で、洒脱《しゃだつ》で、何ごとにも気が置けなかった。新城町《しんしろまち》のもので、若い嚊《
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