お起きよ、学校が遅《おそ》くなるよと揺り起こす。かれの頭はいつか子供の時代に飛び返っている。裏の入江の船の船頭が禿頭《はげあたま》を夕日にてかてかと光らせながら子供の一群に向かってどなっている。その子供の群れの中にかれもいた。
過去の面影と現在の苦痛不安とが、はっきりと区画《くかく》を立てておりながら、しかもそれがすれすれにすりよった。銃が重い、背嚢が重い、脚が重い。腰から下は他人のようで、自分で歩いているのかいないのか、それすらはっきりとはわからぬ。
褐色の道路――砲車の轍《わだち》や靴《くつ》の跡や草鞋《わらじ》の跡が深く印したままに石のように乾いて固くなった路《みち》が前に長く通じている。こういう満州の道路にはかれはほとんど愛想をつかしてしまった。どこまで行ったらこの路はなくなるのか。どこまで行ったらこんな路は歩かなくってもよくなるのか。故郷のいさご路《じ》、雨上がりの湿った海岸の砂路《いさごじ》、あの滑《なめ》らかな心地の好い路が懐《なつか》しい。広い大きい道ではあるが、一つとして滑らかな平らかなところがない。これが雨が一日降ると、壁土のように柔らかくなって、靴どころか、長
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