く。
夕日が画のように斜めにさし渡った。
さっきの下士があそこに乗っている。あの一段高い米の叺《かます》の積み荷の上に突っ立っているのが彼奴《きゃつ》だ。苦しくってとても歩けんから、鞍山站《あんざんたん》まで乗せていってくれと頼んだ。すると彼奴め、兵を乗せる車ではない、歩兵が車に乗るという法があるかとどなった。病気だ、ご覧の通りの病気で、脚気《かっけ》をわずらっている。鞍山站の先まで行けば隊がいるに相違ない。武士は相見互いということがある、どうか乗せてくれッて、たって頼んでも、言うことを聞いてくれなかった。兵、兵といって、筋が少ないとばかにしやがる。金州でも、得利寺でも兵のおかげで戦争に勝ったのだ。馬鹿奴《ばかめ》、悪魔奴!
蟻だ、蟻だ、ほんとうに蟻だ。まだあそこにいやがる。汽車もああなってはおしまいだ。ふと汽車――豊橋を発《た》ってきた時の汽車が眼の前を通り過ぎる。停車場は国旗で埋められている。万歳の声が長く長く続く。と忽然《こつぜん》最愛の妻の顔が眼に浮かぶ。それは門出の時の泣き顔ではなく、どうした場合であったか忘れたが心からかわいいと思った時の美しい笑い顔だ。母親がお前もう
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