んしょう》を仔細《しさい》に検した。
 二人の対話が明らかに病兵の耳に入る。
 「十八|聯隊《れんたい》の兵だナ」
 「そうですか」
 「いつからここに来てるんだ?」
 「少しも知らんかったんです。いつから来たんですか。私は十時ころぐっすり寝込んだんですが、ふと目を覚《さ》ますと、唸り声がする、苦しい苦しいという声がする。どうしたんだろう、奥には誰もいぬはずだがと思って、不審にしてしばらく聞いていたです。すると、その叫び声はいよいよ高くなりますし、誰か来てくれ! と言う声が聞こえますから、来てみたんです。脚気ですナ、脚気衝心ですナ」
 「衝心?」
 「とても助からんですナ」
 「それア、気の毒だ。兵站部に軍医がいるだろう?」
 「いますがナ……こんな遅く、来てくれやしませんよ」
 「何時だ」
 みずから時計を出してみて、「道理《もっとも》だ」という顔をして、そのままポケットに収めた。
 「何時です?」
 「二時十五分」
 二人は黙って立っている。
 苦痛がまた押し寄せてきた。唸り声、叫び声が堪え難い悲鳴に続く。
 「気の毒だナ」
 「ほんとうにかわいそうです。どこの者でしょう」
 兵士
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