明らかな光線が室に射したと思うと、扉のところに、西洋蝋燭を持った一人の男の姿が浮き彫りのように顕《あら》われた。その顔だ。肥った口髭のある酒保の顔だ。けれどその顔にはにこにこしたさっきの愛嬌《あいきょう》はなく、まじめな蒼《あお》い暗い色が上っていた。黙って室の中に入ってきたが、そこに唸《うな》って転《ころ》がっている病兵を蝋燭で照らした。病兵の顔は蒼《あお》ざめて、死人のように見えた。嘔吐した汚物がそこに散らばっていた。
 「どうした? 病気か」
 「ああ苦しい、苦しい……」
 とはげしく叫んで輾転《てんてん》した。
 酒保の男は手をつけかねてしばし立って見ていたが、そのまま、蝋燭の蝋を垂らして、テーブルの上にそれを立てて、そそくさと扉の外へ出ていった。蝋燭の光で室は昼のように明るくなった。隅《すみ》に置いた自分の背嚢と銃とがかれの眼に入った。
 蝋燭の火がちらちらする。蝋が涙のようにだらだら流れる。
 しばらくして先の酒保の男は一人の兵士を伴って入ってきた。この向こうの家屋に寝ていた行軍中の兵士を起こしてきたのだ。兵士は病兵の顔と四方《あたり》のさまとを見まわしたが、今度は肩章《け
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