うに押し寄せては引き、引いては押し寄せる。押し寄せるたびに脣《くちびる》を噛《か》み、歯をくいしばり、脚を両手でつかんだ。
五官のほかにある別種の官能の力が加わったかと思った。暗かった室《へや》がそれとはっきり見える。暗色の壁に添うて高いテーブルが置いてある。上に白いのは確かに紙だ。ガラス窓の半分が破れていて、星がきらきらと大空にきらめいているのが認められた。右の一隅には、何かごたごた置かれてあった。
時間の経《た》っていくのなどはもうかれにはわからなくなった。軍医が来てくれればいいと思ったが、それを続けて考える暇はなかった。新しい苦痛が増した。
床近く蟋蟀《こおろぎ》が鳴いていた。苦痛に悶《もだ》えながら、「あ、蟋蟀が鳴いている……」とかれは思った。その哀切な虫の調べがなんだか全身に沁《し》み入るように覚えた。
疼痛、疼痛、かれはさらに輾転反側した。
「苦しい! 苦しい! 苦しい!」
続けざまにけたたましく叫んだ。
「苦しい、誰か……誰かおらんか」
としばらくしてまた叫んだ。
強烈なる生存の力ももうよほど衰えてしまった。意識的に救助を求めると言うよりは、今はほとん
前へ
次へ
全28ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング