かく休息することができると思うと、言うに言われぬ満足をまず心に感じた。静かにぬき足してその石階を登った。中は暗い。よくわからぬが廊下になっているらしい。最初の戸と覚しきところを押してみたが開かない。二歩三歩進んで次の戸を押したがやはり開かない。左の戸を押してもだめだ。
 なお奥へ進む。
 廊下は突き当たってしまった。右にも左にも道がない。困って右を押すと、突然、闇が破れて扉《とびら》があいた。室内が見えるというほどではないが、そことなく星明りがして、前にガラス窓があるのがわかる。
 銃を置き、背嚢をおろし、いきなりかれは横に倒れた。そして重苦しい息をついた。まアこれで安息所を得たと思った。
 満足とともに新しい不安が頭を擡《もた》げてきた。倦怠《けんたい》、疲労、絶望に近い感情が鉛のごとく重苦しく全身を圧した。思い出が皆|片々《きれぎれ》で、電光のように早いかと思うと牛の喘歩《あえぎ》のように遅《おそ》い。間断なしに胸が騒ぐ。
 重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛《とうつう》を感じてきたのは、かれみずからにもよくわかった。腓《ふくらはぎ》のところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛
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