館がすぐその前にあるのに驚いた。家の中には燈火が見える。丸い赤い提燈《ちょうちん》が見える。人の声が耳に入る。
銃を力にかろうじて立ち上がった。
なるほど、その家屋の入り口に酒保らしいものがある。暗いからわからぬが、何か釜らしいものが戸外の一隅《かたすみ》にあって、薪《まき》の余燼《もえさし》が赤く見えた。薄い煙が提燈を掠《かす》めて淡く靡いている。提燈に、しるこ一杯五銭と書いてあるのが、胸が苦しくって苦しくってしかたがないにもかかわらずはっきりと眼に映じた。
「しるこはもうお終《しま》いか」
と言ったのは、その前に立っている一人の兵士であった。
「もうお終いです」
という声が戸内《うち》から聞こえる。
戸内を覗《のぞ》くと、明らかな光、西洋|蝋燭《ろうそく》が二本裸で点《とも》っていて、罎詰《びんづめ》や小間物などの山のように積まれてある中央の一段高い処に、肥《ふと》った、口髭《くちひげ》の濃い、にこにこした三十男がすわっていた。店では一人の兵士がタオルを展《ひろ》げて見ていた。
そばを見ると、暗いながら、低い石階《いしだん》が眼に入った。ここだなとかれは思った。とに
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