だ。脚気衝心の恐ろしいことを自覚してかれは戦慄した。どうしても免れることができぬのかと思った。と、いても立ってもいられなくなって、体がしびれて脚がすくんだ――おいおい泣きながら歩く。
 野は平和である。赤い大きい日は地平線上に落ちんとして、空は半ば金色半ば暗碧色《あんへきしょく》になっている。金色《こんじき》の鳥の翼のような雲が一片《ひとひら》動いていく。高粱の影は影と蔽い重なって、荒涼たる野には秋風が渡った。遼陽《りょうよう》方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつか全くとだえてしまった。
 二人連れの上等兵が追い越した。
 すれ違って、五、六間先に出たが、ひとりが戻ってきた。
 「おい、君、どうした?」
 かれは気がついた。声を挙げて泣いて歩いていたのが気恥ずかしかった。
 「おい、君?」
 再び声はかかった。
 「脚気なもんですから」
 「脚気?」
 「はア」
 「それは困るだろう。よほど悪いのか」
 「苦しいです」
 「それア困ったナ、脚気では衝心でもすると大変だ。どこまで行くんだ」
 「隊が鞍山站《あんざんたん》の向こうにいるだろうと思うんです」
 「だって、今日そこまで
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