。人の知らないうちに出立しようとおもて[#「て」に「ママ」の注記]、眼《め》をさますと、帽子は枕元《まくらもと》にちゃんとおいてあります。
 留吉は、また不幸な帽子を持って、宿を立ちました。留吉は、とある大川の堤《どて》の上を歩いていました。
「ここだ帽子を捨てるのは。川へ流してしまえば、もう返って来ないだろう」
 留吉は、橋の上から力一ぱい帽子を川の中へ投げやりました。帽子は、小さな波に乗って、ぶっくりぶっくり、川下の方へ流れてゆきました。
「あばよ、おととい来いだ!」
 留吉は、泣きたいような好《よ》い気持ちで、だんだん遠くなってゆく帽子に別れをつげました。すると一|艘《そう》のモーターボートが、ポクン、ポクン、ポクンと言いながら、帽子の方へ走出《はしりだ》しました。ボートの中には、白い服をきた男が二人と巡査が一人乗っていました。まもなく帽子に追いついて、一人が帽子を救いあげると、急いでボートを岸へつなぎました。留吉があっけらかんとして見物しているうちに、帽子はいつの間にかまた留吉の頭の上へのっかっていました。
 留吉は、なぜか嬉《うれ》しくなって、不幸な帽子を頭へのっけたままで泣
前へ 次へ
全10ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
竹久 夢二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング