留吉を歩かせました。「御用の方はこの釦《ボタン》を押されたし」と柱の釦のわきに書いてある。留吉は読みました。
「おれは用があるのだ。それにここの主人はおれの友達だからな」留吉は釦を押した。ヂリヂリヂリとどこか家の奥の方で音がしました。そういう仕かけかなと思って、留吉は、入口のガラス戸のとこを見ていますと、そこに一寸角ほどの穴があいています。そこで大きな一つ眼《め》がぎらっと光ったかと思うと、頭の上でヂリヂリヂリと、舶来の半鐘のような音がしました。留吉はもうとてもびっくりして、何を考える暇もなく、どんどん門の方へ駈《か》けだしました。
 するとその拍子に、留吉の帽子が留吉の頭から飛去って、ころころと転《ころが》ってゆきました。こいつは大変だと思っていると、悪い時には悪いことがあるもので、造花の西洋花の中から、歯をむいたチンのような顔をした、しかしずっと愛嬌《あいきょう》のない大犬が出てきて留吉を追いかけました。
 留吉は、十一番地のところまでまるで夢中で駈出《かけだ》しました。やれやれとそこで立どまると、あとから今田《いまだ》家と襟を染めぬいた法被をきた男が、留吉の帽子を持って立っていま
前へ 次へ
全10ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
竹久 夢二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング