市場で、白い大根や、蕪《かぶ》や、赤い芋が、山のように積みあげてありました。
「ほう、こんな所に芋があるのかなあ」それは新しい発見でありました。
「君、ここは神田の鍛冶町《かじちょう》だよ、ほら、
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神田鍛冶町の
角の乾物屋の勝栗《かちぐり》ア
堅くて噛《か》めない
勝栗《かちぐり》ア神田の……」
[#ここで字下げ終わり]
「は、は、は、あの乾物屋だね、きっと」
 二人にとってはそんな風に、何もかも見るものすべて珍しく面白かった。どうしてだろう。学校を脱出《エスケープ》することは善いことではない。何故《なぜ》善いことでないか、それにははっきり答えることが出来ないのでした。それにもかかわらずこの航海は素敵におもしろいように見えるのでした。お祭よりも日曜日よりも、もっと、何かしら違った新しい誘惑がありました。
 学校の休日《やすみび》でない日に、こうして街を歩くということは、今まで曾《かつ》てないことでもあったし、冒険に似た心持がうれしいのだった。鎖を放たれた小犬のようにゆっくり歩くことが出来ないで、どんどんと駈《か》けだしました。けれど出窓のところに紅雀《べにすずめ
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