イゼル(その髯《ひげ》からのニックネーム)が、教壇の上で出席簿をつける。
「ミスタ、ヤマダ」
「ヒヤ」
「ミスタ、コバヤシ」
「ヒヤ」
「ミスタ、ヤマカワ」
「ヒイイズ、アブセン」
Aは、ニコライの柵《さく》のところから、東京の街を見おろしながら、ミスタ、ヤマカワと呼ばれたような気がして、ひやっとしたのです。
「山川《やまかわ》、銀座の方へ散歩しようじゃないか」
Bがそう言ったのです。
「うん」
「しっかりしろよ、もう学校はあきらめたんじゃないか」
「そんなこと考えてやしないよ。ただ……」
「ただ心配なんだろう。だって仕方がないよ。遅れたものは遅れたんだから」
「そうさ、銀座へゆこうよ」
二人の小さな中学生は歩き出しました。そこはこの季節によくある、もう春がきたのかしらと思われるような、ぽかぽかと何か柔かい暖かいものが、空気の中に浮いているような素晴らしい上天気でした。
須田町へくると、いろんな人間が忙《せわ》しそうに歩いています。その間をすりぬけて、トラックだの乗合|自働車《じどうしゃ》が、ぶうぶうと走っているので、AもBも、すっかり元気づいて、前をちょこちょこ歩いてゆく女の
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