いけないわね」
葉子はじっと思入《おもいい》って朝子を見つめて「朝子さん」
「え」
「あなた森先生お好き?」
「ええ、好きよ、大好きだわ」
「あたしも好きなの、でも先生は私のことを怒っていらっしゃる様なの」
「そんなことはないでしょう」
葉子は、朝子に心配の種を残らず打明けた。それから二人は森先生のやさしいことや、先生は何処《どこ》の生れの方だろうという事や、先生にもお母様があるだろうかという事や、もし先生が病気なさったら、毎日|側《そば》について看病してあげましょうねという事や、もしや死んでしまっても、先生のお墓の傍《そば》に、小さい家《うち》をたてて、先生のお好きな花をどっさり植えましょうという事などを語り合った。
4
それから三日目の朝、学校へゆくと森先生が病気だという掲示が出ていた。葉子《ようこ》は、学校から帰ると大急ぎで野原へ出て、いつぞや森先生が仰有《おっしゃ》った、お好きな花を抱えきれないほどたくさんに摘みとった。
葉子は、いつか森先生に出逢《であ》った橋の所まで来ると、向うから光子《みつこ》が来るのに会った。
「何処《どこ》へ行くの?」光子がいきなりきいた。森先生の許《とこ》へといえば、また何とか意地悪い事を言われるのがいやさに、それとなく、
「ちょっとそこまで……」と答えた。
「隠したって知っててよ、森先生の許でしょう! 先生の所へいったって駄目よ。先生はあなたのこと怒っていらしてよ。そしてあなたを大嫌いだって」
さも憎らしそうに光子は言って、葉子の持っている花を見つけた。
「まあ、それを先生の許へ持っていらっしゃるの。そうでしょう※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 先生の許にはもっと綺麗《きれい》な花が山のようにあってよ。だって温室からとっていったんですもの。でもいらっしゃりたいなら勝手にいくと好《い》いわ。そんなきたない花を先生はお喜びになるかもしれないわ。あばよ」そう言捨てて光子は行ってしまった。
あとに残された葉子は橋の欄干にもたれて、じっと唇をかんで怺《こら》えたが、あつい涙がはらはらと水のうえに落ちた。
葉子はしばらく橋の上から川の水を眺めていたが、手に持っていた花束を水の中へ投捨てて一散に家《うち》の方へ走った。
5
その日の夕方、森先生の使《つかい》が、葉子の許《もと》へ一つの包を届けた。葉子は何
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